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【まちづくり】 るいまま組主宰 るいままさん

2015.02.21更新

【まちづくり】 るいまま組主宰 るいままさん

 毎日、高松のどこかで彼女の名前があがらない日はないくらい、るいままさんはマチの「顔」。第28回香川菊池寛賞を受賞した作家であり、「むれ源平石あかりロード」石あかり月あかりライブat 洲崎寺の総合プロデューサー、そして高松まちかど漫遊帖総合プロデューサー…これだけでも活躍ぶりがわかりますが、ほかにも数えきれないほどのプロジェクトを動かしています。

 高松まちかど漫遊帖が生まれるきっかけは2006年、香川県内から60人あまりの人が選ばれて「長崎さるく博」という、まち歩きの取り組みを視察したことにはじまります。何班かに分かれ、地元のガイドについてまちを歩く。地元を知りつくした人の、愛着と実体験にもとづく案内で、まちは色づき、現実感をもって浮きあがってきます。通り一遍の情報を流すのではなく、そこに住む、顔の見える個人が語ることで、その町は「○○さんの町」になる―。

 長崎から地元に戻ってまもなく、3か月後に香川でもこうした取り組みができないか、と相談を受けます。「準備期間もないし、無茶な」と思いながらも、とりあえずやってみるかと受けることにし、地元の人たちにガイドとして町の歴史・もの・場所・人を紹介してもらうまちめぐりツアー「高松まちかど漫遊帖」が誕生しました。

 薄紙を重ねるように、大切なマチの資源を集めて綴り、増やしていく―「帖」がつくのはそのためです。もうひとつのこだわりは、有料参加のツアーであるということ。資料をあつめるにも取材をするにもお金はかかる。それを無料ボランティアに強いるのは問題がある。長くつづけるためには、有料ツアーとして、ガイドもツアーも育てていかなくてはならない。

 「むれ源平石あかりロード」は、庵治石と源平史跡を結びつけ、地域の魅力を発信するためのプロジェクト。どうしたらこの2つを有機的に結び付け、実りあるものにできるのか?結成されたチームは熱心に協議を繰り返しました。良い形でスタートを切り、当初100人ほどの応援者もできたものの、最初の熱がさめると、その数は減りはじめます。それを見て、かえって、るいままさんは残ってプロジェクトを支え続ける気持ちが強まったといいます。

 石あかりロードも10年が過ぎ、漫遊帖もそろそろ10年…共通する年月には理由がありました。

 いつもエネルギーとアイディア満載で走り回っていたるいままさんにいきなり突きつけられた、癌の事実。2005年末のことでした。もう活動も終わりかも、と思いかけたときに「るいまま組」の仲間たちから一風変わった激励を受けます。るいままが考えた面白そうなことに対し、自主的に集まって、職人的にものごとを作り上げていく、頼もしい個人の集合、それが「るいまま組」。「るいまま組がなかったら、活動を続けていなかったでしょうね」と、笑うるいままさん。仲間に支えられ、仲間をひっぱり、走り続けてきたこの10年。真夏の2か月、野外で続く石あかり月あかりライブはるいまま組にとって、ただのイベントではなく、牟礼のまちづくりのためであり、るいまま組と出演者の挑戦。この意味を理解しているアーティスト以外は出演することができません。

 まちづくりの大きな題目を掲げてきたことはなく、あくまで主役は「人」。その人その人が、どんなふうに輝くか。人の役割も十人十色だと考える。「男と女が全く同じである必要はないと思うんですよ。男性には男性の役割があり、彼らがそれを担ってくれることで、私は動ける」

 それぞれに、それなりに、できることはある。自分自身の経験にもとづくるいままさんの言葉に、行動する勇気をもらいます。
 

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